こんにちは、管理人の小林 丸です。こうみえても産業カウンセリングの資格を取得した経験があります。

およそ1年間弱、毎週週末(土曜日だったかなぁ)に1日かけての研修があり、筆記と面接試験に臨んだものでした。

資格を取得した後も引き続き研修やイベントに参加しては、カウンセリングに関る技術を磨き学ぶという、本格的にその世界でも貢献したいと鼻息は荒かったのを今でも覚えています。

ただし、すぐさま挫折。

カウンセリングでぜったいに必要な傾聴というヒアリングの、オドロクほどに集中力のいる技術について行けなかった。傾聴なんて聞いてればいいなんてのはまったくお話しにならない。クライアントの本音を受け止めるには、どれほど耳を傾け全神経を使うことかとその重さにビビッてしまったのでした。

費用もそれなりに掛っただけに残念でしたが、それでもそのエッセンスは十分にその後いろいろな場面で役にたち、これを知らないでいたらと思うとゾッとします。

カウンセリングなんていかに説得納得させる技術であろうと、まったくの誤解であったこと。学んでびっくりの連続であったことなどの体験を少しご紹介したいと思います。

 

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カウンセリングの必要性にびっくり

毎回の研修に休むことなく出席していきますと、次第に先生の講義を聞くだけでなく実際にクライアントとカウンセラーの役になってのロールプレインを何度もなんども繰り返しの研修も続きました。

そんなロープレには参加者(当時は70名くらいはいたかなぁ)が、実際に自分の職場での悩みや人間関係の問題を吐き出してはカウンセリング役の対応に本気で評価をつけてはお互いに学んでいきました。

ジブンがその役になって思ったことは、ロープレの技術を磨くとかよりもそれはそれは人間関係の悩みなど問題が多いことに驚かされたということ。もちろん、当時のジブンにも悩みや人間関係の問題なんて少なからずあったけど、マジ悩み苦しんでいる人の悩みの数と深さにとにかくびっくり。

そんなんじゃぁなんの為に仕事をしているの?と思わず聞きたくなるほど。さらに驚かされたのは、取り巻くその悩みに包まれ続けている苦しさを洒落にならないくらい多くの方が抱えているという実体を知ってまたびっくり。

特に女性は顕著で、朝から晩までずーっとその悩みを持ち続けて夜には眠れない、口を開けばその悩みや問題が飛び出してくるなんてとても大げさではないほど。ジブンの勤めている会社の同僚や後輩、部下の方々も私に対してもこうした悩みや問題を持っているんだろうと思うと、今までのジブンの無神経さにも気づかされた次第でもありました。

 

カウンセリングの聞き方にびっくり

カウンセリングはとにかくクライアントの話を聴くことにつきる。研修の場面でも傾聴の学習と体験にもっとも時間をとり、こちらも傾聴の技術を身につけようと試みるのですがこれがなかなか・・・。

なにが難しいってただただ耳を傾けるということ。しかもクライアントに寄り添いクライアントの身になって感じ共感すること。口で言うのは簡単ですが、フンフンと聴いているはずがまったくクライアントに響かない。ただ聞いているだけで終わっちゃう。

ロープレは10分とか15分、クライアント役の悩みや相談を聴くはずなのですが、その話しの内容すらまとめられず傾聴だの共感するなどとてもとても。これが30分や1時間なんてムリムリ。

カウンセリングで有名な方とか、長くプロとして活躍されている著名な先生のカウンセリングをされている実践ビデオなんてのを拝見する機会もありました。専門のカウンセラーはどんな聴き方をするのか、具体的にどう反応しクライアントはいかに改善に向けた変化するのか、それはそれは興味津々でかじりついて観たビデオ。

結果は、ただ黙って聴いているだけ。これがカウンセリング、これがカウンセラーの役目、これでクライアントの悩みが解決するのかと、ジブンの予想と実際の場面の乖離にもびっくりしたものでした。

そう、なんにもしてないじゃんというのが印象だったんです。

 

カウンセリングの効果にびっくり

なんにもしない、ただ聴いていることがいかに大事であるかと理解しだしたのはもう研修も終わりのころ。カウンセリングにはプロセスがあり、クライアントが本当に心を開き悩みを吐き出すには時間がかかるということ。その間、何もしないのではなくなにもできない。

悩みや問題を解決する方向に導くのはけしてカウンセラーではなく、実はクライアント自信であることを気づきだすと何もしていないように見える傾聴の役割をようやく感じ取れるようになってきたのでした。

人は自分の言葉でこそ悩みから救われる。人は自分の言葉でしか信用できない。人は自分の言葉でしか気づけないということ。説得させること、納得させることの愚かさにようやく知った瞬間でもあったのです。

それが「カタルシス」という意味であり、カタルシスを導くための技術が傾聴であり共感であり、クライアントに寄り添うことだということを学んだわけであります。

心に隠れていた悩み抱えていた心の問題は、自身の言葉を発することで外に吐き出すことができる。吐き出した自分の言葉に自分が気づきを覚え、自分の言葉であるべき考え方に自身が近づいていく。

私の貧弱な経験でも、傾聴が進みクライアントがこちらを信用し心を開いてくると、やがてお話しはゆっくりと奥底から外に流れはじめる雰囲気をなんとなくですが感じることがあるように思います。その心のプロセスの変化は、過去の思い出を語りだしたりと明らかに変化が生じてくる。それは解決に向かう転換点のひとつのようで、この時も傾聴は静かに変わらず受け止め続ける。

ホントウに骨の折れる、傾聴は難しい。でも、その効果は絶大である、なにもしない聴いてあげるだけなのに。

 

今回のまとめ

人は弱い。弱いから不安や不満を心の底にどんどん溜めていくようです、自分自身が気づかぬまま。溜まり続けていくと心も体も病みはじめる。なので溜めないことが肝心。どうしたら溜めずに深刻にならずに済むのか。不安や不満の小さな時に事前に吐き出すことだということ。つまり言葉にして外に出す。そのお手伝いが傾聴でありカウンセリングなんだと学べたようです。

女性はよくしゃべりますね。我が家でも奥さんはよくしゃべるし、時には夫であるジブンに対する小言や文句ばかりいって閉口してしまうことも時々。カウンセリングを学ぶ前はただただうるさいと思っていましたけど、不安や不満を溜めないためにはそれを聴いてあげるということが大切なんだと。

女性の多い職場では、この小さなつぶやき嘆きを無視することなくつぶすことなく受け止めてあげる上長や上司の、その意味をよく理解しての姿勢が必要不可欠であることも理解したものです。

そうわかっていてもねぇ、妻の小言、職場の女性のあれこれ、カウンセリングも難しいが、そもそも女性というのは難しいと思ってやまないのであります。(笑い)

 

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