こんにちは、管理人の小林 丸です。

大リーガーの大谷翔平選手は、
試合に出るたびに活躍しファンを魅了し続けています。

192cmの長身にイケメン、
手足はうらやましくも長いうえに運動神経バツグン。

態度や言葉からもカワイイ一面を伺うことがあり、
精神的にもやさしくタフであると大評判です。

まるで野球漫画の主人公が現実に躍り出た感じであります。

それにしてもご両親はどのようにして育てられたのでしょうか!?
なにか特別な秘密でもあるのではないかと思ってしまうほど。

そうでなければ現在の大谷翔平選手はあり得ません。

そこで今回はいかにして大谷選手が育ってきたのか、
ご両親の育て方を交えてお伝えしたいと思います。

 

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大谷選手の少年時代

父徹さんは社会人野球の元選手、
母加代子さんは中学・高校でバトミントン県代表。

ご両親はスポーツ選手だったんですね。

ちょっとホッとしました。(笑)

 

母加代子さんはあるインタビューで、

「子育てのモットーも家訓もなく3人目の末っ子だったので、
心にも時間にも余裕を持てて育てることができた」と語っていました。

そして岩手という環境にも育てられたとも。

元気でやんちゃな大谷少年は7歳上のお兄さんが野球を始めるとすぐに興味を持ち、
小学2年生で公式のリトルリーグに入りたいと父親に訴えたとか。

この時父徹さんは覚悟を決めてリトルリーグのコーチを志願、
仕事を少し犠牲にしてでも大谷少年の野球に付きあうことにしたと。

仕事というのは某メーカーの技術者で残業も夜勤もあり、
大変な環境の中でのコーチの志願であったというので相当な覚悟であったと想像できます。

少年時代から球速が速かったのですが、
コントロールが悪くてなかなか結果に結びつかず悩んだ時期もあったとか。

そんな時にはどこにでもいる少年です、
落ち込みときに泣いてしまうこともあったそうです。

そんな時は母加代子さんがサポート、
どうしたら打たれず四球を減らして打者を抑えることができるのか?

こうして大谷少年に考えさせ行動に移せるようアドバイスを続け、
その習慣を身につけて成長を見守ったと。

そして母加代子さんはリトルリーグのグランドにはパートの仕事をしながらも足を運び、
陰ながら大谷少年を見守り応援していたそうであります。





 

大谷選手が使っている目標達成用紙とは!?

母のアドバイスで自分の課題の改善策を自分で考え、
行動に移すという習慣を身につけていた大谷少年。

その習慣をシステマチックに目標達成につなげていったツールが、
9×9=81マスの目標達成シート

花巻東高校時代に指導されたこの目標達成シートで、
目指す方向やビジョンを明確にしアクションプランを具体的に立てる戦略ツールとして活用。

これは9マスの真ん中に自分の達成したい目標を書くもので、
中央のまわりの8マスにその目標を達成するために必要なことを書き連ねる。

そして、その8マスに書いた項目をそれを取り巻く周りの9マスの中央に書き、
さらにその周辺にその目標を達成するために必要なことを具体的に書いていくという手順。

そう大きな目標をドリルダウンして広げていく、
自分の今努力していく行動がすべて最初に掲げたそれぞれ中央の、
そして最初に書いた中央の目標に向かっていくというもの。

これを自分で考え自分で行動し努力し、
その結果をまた自分で確認することができると成長するにはもってこいのようであります。

ビジネスでも「マンダラート法」と呼ばれて、
アイディアを展開するシーンなどに使われていたりします。

私も実際に使ったことがあります。

似たようなものにマインドマップがあり自由度がさらに高くなりますが、
日本人はこのマンダラート法の方があっているように思ったりしたものです。

これは花巻東高校の佐々木監督の意向で、
ノルマをもうけず自分自身の目標と目標達成の手法を明確にするという。

毎日の練習やトレーニング、
無駄な努力をせず目標に向かって今があるという感じ。

大谷選手はこのシートに真剣に取り組んだと、
おなじチームメイトのエピソードが今の大谷選手へとつなげているようです。





 

私の感想

ご両親から少年時代の野球との出会い、
そしてそれを見守るご両親。

思い通りにできないことを叱りつけたりせず、
自分自身で考え解決策を行動に移すという習慣を与えた母加代子さん。

もともとずば抜けた能力が備わっていた大谷選手は、
花巻東高校の9マスシートと出会い目標と目標達成をシステマチックに完成させていく。

すべてが無駄なく今の大谷選手に繋がっているなんて感じは、
聞けば聞くほど大げさな話ではないとつくづく思えてきます。

母加代子さんが岩手という環境にも育てられたと語っていたこと、
心の広さはそんなところからもつながっているんでしょうか。

ともあれご両親の大谷少年に向けたサポートは厚く、
それがやっぱり大リーグでも大活躍の大谷選手の源であったようです。

そして佐々木監督とチームメイト、
さらに日本ハムファイターズと栗山英樹監督との出会い。

大リーグエンゼルスに入団できたのも、
2刀流を守り花開いた要因のようでもあります。

すべてが無駄なく今の大谷選手につながる、
すべてが大谷選手を育て完成させていったような気がしてなりません。

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今回のまとめ

大谷翔平選手は人一番に努力したからこその今があるということを忘れてはなりません、
努力なしで成し遂げられるものではないと誰しも納得するところ。

だたその努力を無駄にすることなく真っすぐストレートに目指す目標、
あるべき姿に向けていったという点が彼の才能を思う存分発揮させた原動力であったことも確かに思います。

しかも、ああしろこうしろと指導指示するでなく、
ああするこうすると自分で考え目標を定め自分で課題をもうけて改善に取り組んだ。

これこそが参考にすべきところで、
大谷選手をマンガの主人公から現実の選手に育て上げることができたという。

ご両親はこれらを大谷少年の時代にわかっていたかのように彼をサポートする、
どこか彼の輝く才能を感じ取っていらっしゃったのでしょうか?

そうでなければ仕事を自分を犠牲にしてまで、
3人兄弟の末っ子をここまでサポートできなかったはず。

今回は、「野球マンガの主人公よりも才能を発揮する大リーガー大谷翔平選手は、
どう育てられたのかマジ知りたいのです!」と題して大谷選手の育てられ方をお伝えしてみました。

まだまだ彼の活躍に秘密もまだまだあるようで、
このお話しはまだまだ続きそうです。

いかがでしたでしょうか?

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