それは、まるで鏡をのぞきこむような読書体験でした。太宰治の『人間失格』。十代の頃に読んで、ただ「暗い」と感じた作品が、年を重ねた今読むと、まったく違う顔を見せてくる。あのときの私には理解できなかった痛み、迷い、生きていることの恥ずかしさ。それらが、やけにリアルに、ひりひりと胸に迫ってくるのです。「恥の多い生涯を送ってきました」——。この一文から始まる太宰治のこの代表作の、私たちに投げかけている問いを、エッセイ風ブログによせてシェアしたいと思います。

仮面をかぶったまま生きるということ

主人公・葉蔵(ようぞう)は、
“道化”として生きようとしました。

人と本気で向き合うことが怖くて、
笑わせることで距離を取る。

けれど、それはどこかで、
私たちにも覚えがある姿かもしれません。

 

職場で、家庭で、母として、妻として、娘として。

「いい人」「気が利く人」「しっかり者」——
そう見られる自分でいなきゃ、
と無意識に仮面をかぶっていること、ありませんか?

 

葉蔵の道化は極端だけれど、
その根底にある“人に嫌われたくない”、
“自分が空っぽだとバレたくない”という感覚。

それは、誰もが持ちうる、
「人間の弱さ」だと思うのです。

他人に合わせすぎた末に

葉蔵は、自分を持たず、
誰かの価値観や期待に流されて生きていきます。

「こうしていれば嫌われない」、
「この人に愛されれば、なんとかなる」。

 

けれど結局、それは誰の人生でもない、
自分の人生を放棄したことにほかならなかった。

女性に頼り、酒に逃げ、心を閉ざし、
とうとう“人間失格”とまで落ちていく……。

この描写を読んで、ふと胸を突かれたのです。

 

「私も、自分より誰かを、
優先しすぎていたかもしれない」。

家庭を守るため、親の期待に応えるため、
波風を立てないように。

 

でも、誰かのために生きすぎると、ふとした瞬間に、
「私はいったい誰なんだろう」と空虚になる。

それが、葉蔵のような、
極端な破綻にはならなくても。

心がすこしずつひび割れていくような感覚、
感じたことがある方も多いのではないでしょうか。

それでも、誰かにわかってほしい

「人間失格」というタイトルは、
なんともショッキングです。

でも、実はこの物語には、
救いがないわけではないのです。

 

葉蔵の手記を読んだ「私」は、
彼のことをこう語ります。

——「この人の不幸を、私は笑うことができない」。

 

太宰がこの作品で伝えたかったのは、
もしかしたら“人間失格になること”ではない。

“人間として裁かれずに生きられる、
余地がある”という小さな希望なのかもしれません。

 

人間って、弱くて、醜くて、情けない。

でも、それでも「あなたの苦しみはわかるよ」と、
寄り添ってくれる誰かがいる。

わかってほしい、
という気持ちは誰にでもある。

それを太宰は、あの破滅的な筆致の中に、
そっとにじませていたのでは!?。

今回のまとめ

あなたのままで、生きていていい。

『人間失格』は、決して、
「失格者」を裁く物語ではありません。

むしろ、どこかにいるかもしれない読者へ、
「あなたのその痛み、わかるよ」、
「そんなに自分を責めなくてもいい」と、
痛切なまでの共感を差し出してくる一冊です。

私たちは皆、どこかで、
誰かの仮面をかぶって生きています。

でも、ふと立ち止まってみたときに——、
それを少し外してみてもいいんだよ、
と言ってくれる物語があってもいい。

 

40代、50代、60代と、
人生の折り返しを過ぎた今だからこそ。

「人間失格」は、ただの文学作品ではなく、
“もう一度、自分自身を見つめるための、
鏡”になりうるのかもしれません。

 

あとがき:

若いころに読んだ文学が、年齢を重ねるとまったく違う意味を持って響いてくる。太宰治の『人間失格』は、まさにそういう作品でした。かつては「なんて暗い小説だろう」としか思えなかったのに、今読むと——そこには、誰にも言えなかった私自身の想いが重なっていた。もしかしたら私たちも、どこかで「自分には資格がない」と思ってしまっていたのかもしれません。でも、太宰はその“失格のなかにも尊厳がある”と語りかけてくれる。その言葉に、ほんの少し救われた気がするのです。

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いかがでしたでしょうか?

最後まで読んでくださりありがとうございます。

少しでもヒントになればうれしく思います。