子どもの頃の気持ちって、大人になると、どうしてこんなに遠くなるんだろう。「好き」って言葉ひとつで、理由なんていらなかった。一緒にいられるだけで、世界が全部、やさしく見えた、あの感覚。伊藤左千夫の『野菊の墓』は、そんな“失われていく純粋さ”を、声高に語ることなく、胸の奥にそっと置いていく物語だと思うのです。読んでいるうちに、涙より先に、静かな痛みがやってくる。これは悲恋の話、というより、「正しさを選ぶたびに、置いてきたものがあるんだよ」そんなふうに、ページの向こうからそっと問いかけてくる小説。物事を素直に受け入れることもなくなってしまった今、理由のない気持ちを忘れかけているなら。この物語は、静かに教えてくれる気がして、この歳だからこその、そんな気持ちをお届けするわけです。

野菊のように、まっすぐな心

政夫と民子の気持ちは、
とても単純。

一緒にいたい。

 

それだけ。

 

駆け引きも、計算も、
未来の条件もない。

ただ、そばにいる
時間が幸せだった。

 

著者はこの二人を通して、
人の心がいちばん澄んでいる瞬間を
描こうとしたのだと思う。

野菊の花のように、
派手じゃないけれど、
嘘のない気持ち。

 

大人の論理が入り込む前の、
人間の原点みたいな感情が、
そこにはあった。

大人の世界は、やさしくない

でも物語は、
そのまま終わらせてくれない。

家柄、世間体、将来、
「正しい選択」という名の圧力が、
二人の前に立ちはだかる。

 

誰かが悪者というわけじゃない。
むしろ、みんな“良かれと思って”動いている。

それがいちばん苦しい。

 

伊藤左千夫は、社会の仕組みが、
どれほど個人の心を押しつぶすかを、
淡々と描いている。

泣かせようともしない、
怒らせようともしない。

ただ現実を置いてくる。

 

だからこそ、
読者の心が静かに痛む。

失われたあとで気づくもの

そう、物語の語り手は、
大人になった政夫だ。

ここがとても重要だと思う。

 

あの頃は何も考えず、
ただ必死だった。

でも時間が経って、
振り返ったときに、
初めてわかることがある。

「あれは、人生で一度きりの
純粋だった」と。

 

著者が伝えたかったのは、
恋の結末よりも、
“後悔の感情”そのものなのかもしれない。

 

人は、守れなかったものほど、
深く胸に残る。

その事実を、
この小説は静かに突きつけてくる。

今回のまとめ

-野菊の墓が教えてくれること

 

『野菊の墓』は、「愛は勝つ」
という物語ではない。

むしろ、愛が負けてしまうこともある、
という現実を描いている。

 

でも、だからこそ
価値がある。

 

純粋な気持ちは、
結果がどうであれ、
その人の人生を支える核になる。

大人になって、
計算ばかりが上手くなった私たちに、
この物語は問いかけてくる。

 

あなたは、
あの頃の気持ちを、
ちゃんと覚えていますか、と。

 

あとがき:家族は皆、御殿場のアウトレットに行ってしまった週末の昼間、冷蔵庫からビールを手に取り、昔、手にした小説でも読んでみようかと思った。小さな本棚から目当ての本を取り出そうとしたら、こぼれ落ちた本が「野菊の墓」でした。今さら…と思いながらページをめくると、ビールを忘れてエンディングに。こぼれる涙をそっとぬぐいながら、すっかりぬるくなったビールがいつになく美味しかった。この歳で、このお話しに涙できた自分にホッとした。

 

・‥‥民や、そんな気の弱いことを思ってはいけない。決してそんなことはないから、しっかりしなくてはいけないと、あなたのお母さんが云いましたら、民子はしばらくたって、矢切のお母さん、私は死ぬが本望であります、死ねばそれでよいのです……といいましてからなお口の内で何か言った様で、何でも、政夫さん、あなたの事を言ったに違いないですが、よく聞きとれませんでした。

それきり口はきかないで、その夜の明方に息を引取りました……。それから政夫さん、こういう訣です。

・‥‥‥‥夜が明けてから、枕を直させます時、あれの母が見つけました、民子は左の手に紅絹もみの切れに包んだ小さな物を握ってその手を胸へ乗せているのです。それで家中の人が皆集って、それをどうしようかと相談しましたが、可哀相なような気持もするけれど、見ずに置くのも気にかかる、とにかく開いて見るがよいと、あれの父が言い出しまして、皆の居る中であけました。それが政さん、あなたの写真とあなたのお手紙でありまして……

 

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