
2025年も毎日をそれなりにこなしてきたはずなのに、なぜか心だけが追いついていない。ちょっと大げさだけど、私は、いったい何のために生きているんだろうなんて、ふと思ったりする。ジョン・ストレルキーの『やりたいことが見つかる 世界の果てのカフェ』は、そんな答えの出ない問いに、無理に結論を出さなくていいのだと教えてくれる物語。この中で交わされるのは、人生の目的や満たされる感覚、自分らしい生き方についての、シンプルで本質的な問いばかり。この記事では、その問いを日常の風景に重ねながら、答えを急がず、少し楽に生きるためのヒントを、感想を交えたエッセイ風に綴っていきます。
立ち止まることを許された場所
世界の果てのカフェにたどり着いた主人公は、
人生の問いが書かれたメニューを前に戸惑う。
- 何のために生きているのか
- 本当に満たされているのか
その問いは、普段の生活では
見ないふりをしているものばかりだ。
忙しい日常では、立ち止まること自体が
悪いことのように感じてしまう。
止まったら置いていかれる気がして、
考える前に次の予定を入れてしまう。
でも、このカフェでは違う。
立ち止まることが、
むしろ自然で、
歓迎されている。
私たちの日常にも、
こんな場所があればいいのにと思う。
カフェでなくてもいい。
お気に入りの散歩道でも、
夜のキッチンでも、
布団に入る前の数分でも。
何も生産しなくていい時間、
答えを出さなくてもいい時間。
ただ、心の声が
浮かんでくるのを待つ時間。
やりたいことは、大きな使命じゃなくていい
この物語にふれて、
いちばん肩の力が抜けたのは、
やりたいことは立派でなくていい、
と何度も感じさせてくれるところだった。
世の中では、夢や使命という言葉が、
いつの間にか重たい鎧みたいになっている。
- 何者かにならなきゃ
- 人の役に立たなきゃ
- 成功しなきゃ
でも、カフェで交わされる
会話はもっと静かだ。
- 朝、気持ちよく目覚めること
- 誰かと笑い合うこと
- 自分が好きな時間を大切にすること
それらも立派なやりたいことなのだと、
そっと教えてくれる。
思い返せば、子どものころは
理由なんて考えずに夢中になっていた。
- 絵を描くのが楽しい
- 走るのが気持ちいい
- ただ、それだけだった
大人になるにつれて、
意味や価値を求めすぎて、楽しさを
置き去りにしてしまったのかもしれない。
満たされているかどうかは、外ではなく内側で決まる
もうひとつ心に残るのは、
満たされているかどうかは、
持っているものの量では決まらないという視点。
仕事、収入、肩書き。
それらが揃っていても、
心が空っぽなままの人は少なくない。
逆に、決して楽ではない状況でも、
穏やかな笑顔で生きている人もいる。
その違いは何なのだろう。
この物語は、それを静かに
内側へと向けさせる。
今の選択は、
自分の心に正直だろうか。
本当は嫌なのに、
慣れや義務で続けていないだろうか。
そんな問いは、ときに痛い。
でも、痛みの先にしか、
本当の満足はないのだと思わされる。
今回のまとめ
-人生は問いとともに歩くもの
世界の果てのカフェが
教えてくれるのは、明確な答えではない。
むしろ、問いを持ちながら
生きることの大切さだ。
問いがあるから、
立ち止まれる。
問いがあるから、自分の人生を
自分のものとして感じられる。
忙しい日々の中で、
また心が置き去りに
なりそうになったら、思い出したい。
あのカフェの静かな空気と、
メニューに書かれた問いを。
そして、自分なりの答えを、
今日の一歩の中で探してみたい。
あとがき:この物語から、明るい夢や未来を見出したわけでもなく。少しだけ歩く速度を落としてみるのもいいかもと思えた。心の奥で何かがほどけた感覚でしょうか。答えは、急がなくていい。見つからなくてもいい。問いを忘れずに、今日を丁寧に生きること。それだけで、人生は少しずつ、自分のほうへ戻ってくるのではないでしょうか。人は、何もかもコントロールしようとしている、わからないことを分かろうと。私なんか、分からないくせにね分かった気になろうとしちゃって…。
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いかがでしたでしょうか?
最後まで読んでくださりありがとうございます。
少しでもヒントになればうれしく思います。






